夜、スーパーに行こうとして、
大きな国道を横断歩道で横切った。
大きなトラックやバイクが猛スピードで走る国道から10メートルも離れると、何かシールドを抜けたかのように、とたんに雰囲気が変わる。
灯りは少なくなり、看板もぐっと減った。音もしずかになった。
なんだか、“圧”が変わったみたいだ。
ふぅ、と息をついた。
私は4日前に引っ越しをして、新しい県、新しい土地にやってきたばかり。
明日が燃えるゴミの日ということを知り、指定のゴミ袋を買いに、スーパーに向かった。
暗い道は少しこわかったけれど、
その暗さに、どこかほっとするような、安心感を感じていた。
ここのところ、携帯の画面を見てばかりいた。調べ物のために検索したりYouTubeを見たり。
いつも賑やかで、とにもかくにも、情報だらけだ。
今、私の目の前に広がるのは、
田んぼと、月、道路。
そして、
今、という時間。
何ヶ月か前の情報ではなく、
未来のことでもなく、
誰かの配信ではなく、
わたしの、今。
このことが、
私のからだの中に、みずみずしい感覚を与えてくれた。
ときどき吹く風が、ここちよく、
鈴虫の声が、ひっきりなしに聴こえてくる。
そして、月が見える。
月は、ちょうど満月だ。
満月の光だけが、暗闇の中でおぼろげに灯っている。
そしてその灯りが、
空と森の境界線をかすかに照らしていた。
その風景に、目も、心も、奪われた。
しばらく見ていたら、
なんだか、風景に、自分自身がスーッと溶け込んでいくような、自然の一部になっていくように感じた。
空間の中で、私はにんげんとして立っているんだと思った。
風が肌にそっと当たって、私の輪郭は存在感を取り戻す。
月は何も言わずに、ただただそこにあった。
ふと、私は帰らなくちゃと、足を動かした。
この風景は、毛穴が吸収したみたいで、細胞の中に入っていくように思えた。
「忘れられない風景」というフォルダに保管だ。
もの言わぬ、目の前の風景と空間が、
なにかを開かせてくれた。
国道の激しいスピードは、また別の感覚をよみがえらせて、私は足早に歩き出した。